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<title>石田社長のほのぼのコラム</title>
<subtitle><![CDATA[金沢市、野々市町、津幡町、白山市でリフォームするなら日本美装にお任せ下さい！創業から21年間外壁リフォームを強みとして行なってまいりました。お客様満足度100％を常に心がけております。プランニングはお客様が納得いくまで、何度でも作り直します。地域密着24年、「ありがとう」の言葉のためにこれからもがんばります。]]></subtitle>
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<title>【最新】「炎太鼓とＪＡＬ再建」　広報・日々好日No.27より</title>
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<updated>19-Apr-2010T16:04:20Z</updated>
<summary><![CDATA[　この夏、金沢で「盛和塾塾長例会」が開催されます。盛和塾とは、経営者が経営を学ぶための塾で、私は20年前からここで学ばせていただいております。塾長は京セラの創業者の稲盛和夫さんです。]]></summary>
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<title>「うさぎとかめの法則」　広報・日々好日No.26より</title>
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<updated>04-Feb-2010T16:04:26Z</updated>
<summary><![CDATA[　ウサギが負けてカメが勝った。勝敗はスタートする前から決まっていた。相手を見ていた「ウサギ」対自分の決めた目標を見ていた「カメ」。見ているところの違いが勝敗を決めた。
]]></summary>
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<title>番外編「初代と二代目の親子船はどこまでも」　広報・日々好日No.25より</title>
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<updated>04-Feb-2010T15:03:58Z</updated>
<summary><![CDATA[（社長）おまえももう27になったんやな。
（博道）社長が27の時はもう姉ちゃんが生まれてたんだよね。僕には考えれんなぁ。・・・・・]]></summary>
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<title>「上達の秘訣」　広報・日々好日No.24より</title>
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<updated>17-Oct-2009T17:05:22Z</updated>
<summary><![CDATA[　『初出場Ｖ』今日(９／23)の新聞に踊る文字を見て思わず心が熱くなりました。私が会長職を任されている「石川県パワーリフティング協会」の選手の実業団全国大会での成果です・・・・・]]></summary>
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<title>「ひまわりとカボチャと朝顔」　広報・日々好日No.23より</title>
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<updated>19-Aug-2009T16:04:50Z</updated>
<summary><![CDATA[　わが社の事務所の窓際に、今年も朝顔の花が開き始めました。エアコン代削減のために毎年植えているのですが、細いツルでも毎日、朝の挨拶をしてくれるかのように美しい花で迎えてくれます。]]></summary>
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<title>「母の日に想う」　広報・日々好日No.22より</title>
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<updated>13-Jun-2009T11:11:41Z</updated>
<summary><![CDATA[　日本では５月の第２日曜日が母の日ですが、私にとっての『母の日』は、私を産んでくれた日、つまり、私の誕生日だと思っています。
]]></summary>
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<title>「百年に一度」　広報・日々好日No.21より</title>
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<updated>31-Jan-2009T09:09:18Z</updated>
<summary><![CDATA[　先日、創業時から二十三年間お世話になっている社会労務士の先生が、新年挨拶に来社されました。昨年の暮れから新年にかけて、顧問会社の従業員の退職処理業務に追われているとのことでした・・・]]></summary>
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<title>「ルールのない格闘技」　広報・日々好日No.20より</title>
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<updated>10-Dec-2008T20:08:53Z</updated>
<summary><![CDATA[私の趣味は、自然拳法（空手）、パワーリフティング（バーベル）と詩吟です。特に武道は13歳から今に至るまで約40年続けており、常に私を助け支えてくれる大親友のようなものです。
中学生時代からの愛読書が『姿三四郎』で、人が困ったときは、必ず助けてあげようという精神で武道に励んできました・・・
]]></summary>
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<title>「月下美人と」　広報・日々好日No.19より</title>
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<updated>17-Oct-2008T19:07:47Z</updated>
<summary><![CDATA[8月19日、我社に月からの贈り物が届きました。京都出張帰りの電車の中、妻から「開いてきたよ」との連絡があり、今日か明日かと待ち遠しく、まるで孫が生まれるかのようにワクワクしている自分がありました・・・
]]></summary>
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<title>「人生の樹」　広報・日々好日No.18より</title>
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<updated>10-Aug-2008T17:05:47Z</updated>
<summary><![CDATA[　身体だけは自信があると言われる人は、要注意です。ビール飲み放題で、腹出し、クーラー付け放題…と身体に自信満々の私も、今年の暑さには・・・。]]></summary>
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<title>「燃える闘魂」　広報・日々好日No.17より</title>
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<updated>20-Jun-2008T15:03:41Z</updated>
<summary><![CDATA[　6月初旬、自然（じねん）拳法能登大会が珠洲市武道館で開催され、５歳から中学生までの少年少女拳士50人が日頃の修練の成果を競い合い・・・
]]></summary>
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<title>「人生再生は住まいから｣　広報・日々好日No.16より</title>
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<updated>20-Apr-2008T18:06:43Z</updated>
<summary><![CDATA[　最近、当社のお客様で多い世代は、第二の人生がはじまる50代後半から60代の方々です。寝る間を惜しみ、仕事や子育てに全力投入してきた人たちです。やっと一息つける時期を迎え、これからの人生を考えたとき、次のステージは住み慣れた町、そして「家」ではないでしょうか。
　子供のために一人部屋を与えましたが、今はたいがい物置になっていたりします。お客様からの一番のご要望は、「若い時は家に合わせて暮らしていたけれど、現在は反対に自分に合った家がいい」ということです。そして、自分の生き方、趣味を生かしたこだわりのある空間を求めています。
　つまり、現在の建物を活かし、夫婦ふたりで今後30年を如何に良い人生で暮らすかという生活再生を考えておられます。
　昨年、自民党が発表した「二百年住宅ビジョン」。平均寿命が30年と短い日本の家の超長寿命化を図り、資産価値を上げることが、資源の節約にも繋がり、これからのストック型社会にとって必要不可欠だというものです。欧米のように、長く住み続けながら定期的にリフォームすることで資産評価が高まる時代が近い将来やってくるでしょう。
　さて、その工事を請け負う我々に必要なのが、本物の「知識」と「技術」だと思っております。昨年、全国最大規模のリフォームコンテストが行われました。応募数2500点の中から、提案内容と施工内容を厳正に審査し、入賞作品50点が選ばれ、当社で施工させて頂いたお客様の家もその中に入ることが出来ました。初めて応募した一昨年から二年連続の入賞です。
　お蔭様で、先月グアムにて開催された表彰旅行に招待されました。全国の優秀なリフォーム店の方とも直接お会いして勉強になる話をたくさん聞き、大変励みになりました。さらに社員の自信、結束力も生まれ『誰にも負けない優れた作品を』と挑戦意欲が湧き起こっています。この仕事を通じ、皆様の豊かな人生にかかわり、多少とも良い影響があればと、さらに努力してまいります。

]]></summary>
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<title>「北海道開拓に想う」　広報・日々好日No.15より</title>
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<updated>01-Dec-2007T18:06:47Z</updated>
<summary><![CDATA[　11月初旬、北海道へ社員旅行に行ってきました。小松から千歳へ飛び、バスで洞爺湖、旭川、小樽を二泊三日で周るツアーです。初雪の便りも届く北の大地へ、心して防寒ジャンパーを着込んで行きましたが、3日間共快晴、金沢より暖かい程でした。　
　30年前、大学生の頃に見た北海道は、まだ広大な荒野の面影が残っていましたが、今はよく手入れされた、本当に美しい田園風景が広がっていました。
　ガイドさんによると、明治2年の廃藩置県で蝦夷地から北海道と改称され、明治政府が会津藩士を中心に屯田兵（有事には軍隊となる開拓民）を集めて開拓を進めたそうです。昭和43年には開拓百年ということで、記念塔が建築されました。百年足らずの開拓でここまで成し遂げた人間の力は本当にすごいと思います。ましてや、鍬、鋤、人力に頼ることしかできない時代、半端な根性では出来なかったと思います。寒い中での作業も想像を絶するような苦労の連続だったでしょう。電気もなく、ランプや暖炉で凌いでいたことを想像するうち、ふと子供の頃、停電時にランプやローソクを灯したことを思い出しました。そんな時だけ勉強嫌いの私も机に向かいたくなったものです。
　小樽の北一硝子でランプの灯かりの中、コーヒーを頂きました。普段、明るい蛍光灯の下で飲むより美味しく感じたのは、開拓史に感動した余韻のせいでしょうか。
　早速ランプを買い、持ち帰りました。
　北海道の開拓者精神を思い起こし、ランプの灯の中で心を澄ましていると、会社の経営理念を高め、さらにお客様から喜ばれる会社になろうという強い気持ちが湧き上がってきました。
]]></summary>
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<title>「我が家の太陽」　広報・日々好日No.14より</title>
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<updated>15-Sep-2007T18:06:43Z</updated>
<summary><![CDATA[　平成18年11月１日、初孫誕生。体重2730グラム、健康な女の子です。
　さておいて、私は青少年の健全育成を図る「自然拳法協会」の会長を務めて13年になります。年に２、３度、県大会や能登大会で少年拳士らの表彰を行うのですが、最近困るのは、選手の名前がなかなか読み難いことです。間違えたら可愛そうですし、何回も確認します。「龍雅」＝リュウガ、「大翔」＝ヒロト、という具合で、もう少し簡単な名前を付ければ良いのにといつも思っていました。
　ところが、私の初孫もまた大変難しい名前を戴いたのです。「美杏」と書いて「みあん」と読みます。最初は呼びにくいと思いましたが、近頃は妻や娘の名前も忘れるかのごとく、孫中心の自分を感じています。
　孫は毎日のように我が家に遊びに来てくれています。私と妻は毎日会社にいますので、孫と会えるのは日曜日ぐらいです。一番喜んでいるのは、私の両親（父83歳、母81歳）です。
　「美杏」は、毎日驚くほどに進化伸長します。声を出した、笑った、泣いた、飲んだ、這い這いした、食べた、立ち上がった･･･、孫の一挙一動に心配と喜び、安堵の連続です。
　赤ちゃんは太陽のようなエネルギーを常に発信しています。何も隠すことなく、素直に、正直に、自己を出します。だから無敵であり、競争なしの勝利を掴むのです。全てのものに興味を示し、純真満面の笑みで寄ってくる孫には、無条件降伏となります。
　こうして考えてみると、会社をはじめ、いろいろな組織の中で、人から好かれ、人間関係を築く事が上手な人は、素直でエネルギーに溢れている人ではないでしょうか。
　この孫からの素晴らしいメッセージを受信し、最近は、朝礼で、
一、	謙虚にして驕らず、更に努力を
二、	笑う門には福来る
三、	人の為の一日一善（利他行）を　と社員に訓辞しています。
お客様から太陽と思われるような会社になるために「お客様中心の経営」を本気で取り組む覚悟でございます。今後とも宜しくご指導の程、お願い申し上げます。

]]></summary>
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<title>「揺るぎない経営のために」　広報・日々好日No.13より</title>
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<updated>01-Jun-2007T10:10:01Z</updated>
<summary><![CDATA[3月25日午前9時42分、能登地震発生。すぐ門前の両親に電話するが通じない･･･

私は門前町千代（せんだい）という村で生まれ、小学校、中学校、高校を門前で、大学を東京で過ごしました。卒業後、金沢市の薬品会社に3年間勤め、その後親戚の塗料会社で10年勤め、34歳の時に独立し、日本美装を創業いたしました。
　実力もお金も無かったのですが、お客様や社員、協力業者の応援を頂き、10年で県内1、2位を競うくらいの塗装会社に成長しました。社屋を建て、お客様から外装だけでなく、家の中の工事もしてほしいと言われ、設計事務所を開設させていただきました。現在、設計士3名、建築施工管理士3名を抱え、お蔭様でリフォームから新築までを手がける会社になることができました。
　しかし全て順風満帆とは行かず、８年前、くも膜下出血に倒れ、自分の命も会社の命も危ない状況に遭いました。体だけは自信があったのに、思いがけない試練を突きつけられました。その時支えてくれたのは、何を言っても社員たちです。そこから会社の理念を、「全社員の物心両面の幸せを追求し、小さな大企業を目指そう」と変え、その方法として、「お客様中心の経営（お客様第一主義）と、3家族（お客様、社員、日美匠の会）尊重主義に徹底する」ことに決めました。
　今日があることに、つくづく感謝しております。]]></summary>
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<title>「摩利支天に学ぶ」　広報・日々好日No.12より</title>
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<updated>01-Mar-2007T15:03:31Z</updated>
<summary><![CDATA[　もうすぐ、桜の季節を迎えますが、当社では、四季毎に日美匠の会、日美顧問会、そして社員と酒を酌み合うことが決まっています。花見会、バーベキュー、バス旅行、忘年会の4回です。目的は、お客様から好かれ、気に入られ、喜ばれ、忘れられないために全員でお互いを点検しあうのです。
　当社は建築会社です。何よりも商品、技術が一番であると想っていましたが、お客様の思いは、商品、技術はプロとして当たり前のこと、その上で、営業、工事、会社が真剣に「お客様を想う心」を持っているかどうかで決まるようです。
　お客様を想う心、つまりお客様がうれしいときに、またお客様が悲しいときに、同じような気持ちになれるようなやさしい心で役に立つことが出来れば良いわけです。しかし、「言うは易く行うは難し」、毎日反省連続の日々であります。
　NHKの大河ドラマ「風林火山」の中で摩利支天（まりしてん）の仏像が出ていました。勝利の神とされ、前田利家も出陣の折、必ず摩利支天をかぶとの中に入れていたそうです。摩利支天は勝負するときは太陽を背にして戦います。相手には自分の姿は見えないから負けないのです。
　つまり、自分を高めるためには利己を抑え、利他の心を積むことが、人生の勝つ方法だと教えているのだと思います。
　経営の神様、稲盛和夫先生からも「謙虚にして驕らず、さらに努力を」と教えられています。いい仕事はコミュニケーションが一番大切。摩利支天の教えを忘れず、お客様に喜びの光を当て、いつでも必要とされる陽炎でありたいと思います。

　　摩利支天は猪に乗っています。今年は「お客様を思う心一番」、猪突猛進【正直、親切、愉快】で頑張ります。
]]></summary>
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<title>「我が家の家訓」　広報・日々好日No.11より</title>
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<updated>20-Dec-2006T15:03:05Z</updated>
<summary><![CDATA[昭和47年9月29日、田中角栄政権において日中共同声明の調印式が行われ、日本と中華人民共和国とが国交を結ぶこととなりました。この国交回復は、通常「正常化」と呼ばれていますが、この生命に基づきそれまで国交の会った台湾には断交を通告したのです。
　このことに深い疑問を持った私は、日華交流団体の団長として、政治学を学び始めた血気盛んな仲間たちと共に、台湾を表敬訪問する機会を得ました。若干21歳のことです。
台湾の人は私たちに大変丁寧に対応してくれたのを思い出します。党本部の人たちと面会することができ、凛とした一人の老人が筆を取り、ゆっくりと私の顔を見て書いてくれました。そのときの一枚の色紙が私の人生座右の銘であり、石田家の家訓であり、日本美装の社是であります。
　胸の潤い（優しさ、思いやり）は宇宙と比べるように広く深いものであり、心の熱さ（情熱）はギラギラとした真っ赤な太陽と競争しなさいということでした。
　人間も会社も国家も同じだと思っております。
「美しい心と燃える闘魂」
「謙虚にして驕らずさらに努力を」
「優しくて力持ち」
　日本美装は自然拳法協会とパワーリフティング協会を支援していますが、スポーツでも目指すところは「愛と誠と調和」です。
　平成18年度は本当にお世話になりました。19年は亥の年・猪突猛進ですが、謙虚にして驕らず頑張りたいと思います。今後ともよろしくご指導のほどお願い申し上げます。
]]></summary>
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<title>「人生の勝利は」　広報・日々好日No.10より</title>
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<updated>10-Sep-2006T15:03:58Z</updated>
<summary><![CDATA[　去る8月1日のこと、朝礼を済ませて10時に会社を出発。車で片道6時間半、向かうのは、鳥取県米子での「盛和塾」の塾長例会が行われる会場です。
　「盛和塾」は、京セラの創業者、稲盛和夫さんを塾長に、全国の四千人の経営者たちが「心を高めて経営を伸ばす」ことを目的に学びあう会です。私も13年前に入会させていただき、塾長の「美しい心」と「燃える闘魂」に触れるたびに、チクチクと刺激をいただいております。
　さて、今回の例会ではオリンピック柔道金メダリストで国民栄誉賞受賞者の山下康裕さんのお話を聞くことができました。
　山下さん曰く、オリンピックでは勝つことが大切です。しかし、人生は勝ち負けだけが全てになると大失敗に終わることを知るべきということでした。ぶどうの世界も、精神より勝ち負けだけを重視する考えが見える昨今、山下さんは柔道の「道」とは目先の勝利ではなく長い人生の勝利の道であると話されました。そして、人間性を高め、立派な人づくりを目指したいと語りました。
　山下さんのように、鍛えられた「心技体」を自分だけのものにせず、人のために役立てるなら最高の喜びであると思いました。
　稲盛塾長の講和は、必ず「心を高め」から始まり、美しい心と燃えるような闘魂を持つ「正しい人間」で終わります。山下さんもおっしゃるよう、勝ち負けだけにこだわりすぎると、物事の本質が失われる可能性があるので、なおさら心を磨くことを忘れないようにしたいものです。
　日本に近代経済社会の基礎を気づいた渋沢栄一さんは「論語とソロバン」、松下電器創業者の松下幸之助さんは「見えるものと見えないもの」、元亜細亜大学学長の衛藤瀋吉さんは「二流のすすめ」の中で、学問は合格点でよいが人格は一流であるべしとといている。
　多くの先哲より、人生の勝利をつかむ方法は、利己を抑え、利他の心で生きることであると学びました。
　私も経営者として、常に美しい心で利他業に勤めたいと思います。

会社の窓際に、初めて朝顔を植えました。網を張り、毎日水をやり、毎日見て心をかけていましたら、毎日美しい花がカーテンのように、私を強い日差しから優しく守ってくれています。
　　　　感謝。
]]></summary>
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<title>「桜も人生も」　広報・日々好日No.9より</title>
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<updated>10-Jun-2006T15:03:42Z</updated>
<summary><![CDATA[毎年春になると、会社の正面にある「平成の森」で花見を行っていますが、今年は新入社員歓迎会をかねて、初めて兼六園での花見会を開きました。
　なんとなくガサガサとしている社会、少しでも心身とも、落ち着いたところでと思い兼六園を選びました。
　平成の森に咲く若い桜と、兼六園の桜の花は驚くほど違います。木の種類も違うのかもしれませんが、兼六園の桜は美しい！優雅さに感動、いとおかしの心境です。何百年も経た大木が我こそと、照明と花で着飾っています。
　中でも一番美しいと感じた花は、老木で幹の折れかけているところから咲いていた、まるで綿雪のようにやわらかく、風が吹くとすぐ飛ばされそうな優しい花でした。若い木のほうが美しい花を咲かせると思っていましたが、大間違いでした。
　今にも枯れそうな老木ですが、地に張った力強い根を見て驚きました。若い期と比べると根の太さと根張りの面積が違う。当然水分、養分の吸収力の差が違うのです。ゴルフ場の植木が、台風時に簡単に根っこから倒れていたのを何回も見たことがありますが、兼六園の桜は、枝は折れても倒れないのです。
　そして、毎年見にこられる人たちに、今年も美しい自分を見て欲しいという意思、さらに自分の美しさで人に喜びを与えたいという意思があるのではないかと思います。だから見る人の心に深い感動を与えてくれるのです。
　人間も桜も同じ生き物である。人の目には見えないが、きっと桜の木にも意思があると感じました。
　だから人間も、50歳過ぎても、80歳過ぎても、100歳過ぎても平気です。桜の老木に学んだように「いつまでも美しい心で、美しい花を咲かせたいと思う気持ち」が大事だと思いました。
　何事もまず積極的に「善きことを想い」「人生・青春謳歌」で歩き続けたいと思います。
　創業20年、全社員のベクトルをあわせるよう努力していますが、未熟な面もあります。
必ずお客様から喜ばれ、感動していただける工事を目指しますので、今後ともさらに厳しくご指導のほどお願い申し上げます。
]]></summary>
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<title>「判断、決断の基準をなんにするか」　広報・日々好日No.8より</title>
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<updated>01-Mar-2006T11:11:56Z</updated>
<summary><![CDATA[　最近、新聞やテレビを賑わせている、4点セット「ライブドア」「輸入牛肉」「耐震偽装」に「防衛施設庁談合」。どの件を見ても、法律に反しなければ何も悪くない、見つからなければ大丈夫という感じで、反省どころか自慢し威張る人が目に付きます。]]></summary>
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<title>「本物はすごい」　広報・日々好日No.7より</title>
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<updated>01-Dec-2005T15:03:31Z</updated>
<summary><![CDATA[　5年ぶりの社員旅行で出かけた「日光東照宮」。平成11年に、世界文化遺産に登録されています。
権力組織の第一人者徳川家康公の人物を感じること、また東照宮の建造物の価値は何であるのかなどを、いみじくも建築に携わるものとして世界遺産の建造物を検証する心意気で向かいました。
紅葉も最高潮に色づいた中、華麗な社殿、五重塔、門、灯篭などが並びどれをとっても荘厳華麗でありました。莫大な費用（現在の400億円相当！） を投じて作られただけあり、見事な彩色や彫刻で、本物の技を肌で感じることができました。
　日本美装はお蔭様で19期を迎えることができました。お客様から「いい会社になった」といわれるよう目指していますが、考え方、技術ともまだまだ不十分です。
　多くの経営者が、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康から学んでいることでしょうが、私は創業者ですので、信長のように、考える前に行動するようにしていました。しかしこれからは、お客様名から本物の技だと認められるよう、じっくり腰をすえて企業理念と工事技術を高めて生きたいと思います。

　　　　人の一生は重荷を負て、
　　　　遠き道を行くが如し。いそぐべからず。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　徳川　家康
]]></summary>
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<title>「高野山に学ぶ」　広報・日々好日No.2より</title>
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<updated>10-Sep-2005T18:06:40Z</updated>
<summary><![CDATA[私は年に一度、空海に会うために高野山に行きます。世界遺産の霊場で静かに一年の考え方、行動を弘法大師さまにチェックして頂き素直に反省することに努めています。調子がよいと、すぐに驕りが出る可能性がありますから、いつも「謙虚にして驕らず」ということを心に留めておく必要があるわけです。
　さて、私が小学6年生のときに東京オリンピックが開かれ、絶対負けてはいけない柔道無差別級で、オランダのヘーシンクに金メダルを取られてしまいました。子供ながら本当に残念に思ったことを覚えています。
それから中学、高校、大学、社会人になっても武道をやってきました。単純ですが、愛読書は「姿三四郎」。基本は、人が困ったときに助けることができる人間になりたいということで続けてきました。
　5年前に突然クモ膜下出血に倒れ、一時危ない状況になりました。それがきっかけで、高野山に興味を持ち始めました。それまでは、宗教というものはなんとなく葬式のときしか関係のないものと想っていたのです。
しかし、それからは月に1度、一日参りを欠かさず、護摩供養の炎から力強い情熱と謙虚と感謝の心に触れることを知りました。また高野山の寺院では、国宝、重要文化財の仏像をたくさん見ることができ、その形からいろいろな素晴らしい生き方を学ぶことができました。
　私は、日本美装という企業のトップとしてどのようにして社会に貢献できるかをいつも考えております。そのためには、まず自分が立派な人間にならなければと思います。
　では、立派な人間とは、まず立派な心（おもいやりの心）を持つことだと思います。経営の神様といわれた松下幸之助さん、稲盛和夫さんも何より利他の心を大切に経営されたそうです。
私は、日本美装が「上手」な会社ではなく「善い」会社でありたいし本当にお客様から喜んでいただけるよう、思いやりの心と正直な心で、更に努力していきたいと思っています。
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<title>「あなたは素晴らしい人です」　広報・日々好日No.6より</title>
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<updated>10-Sep-2005T18:06:31Z</updated>
<summary><![CDATA[　創業から19年、いろいろなことがありました。楽しいこと、大変なこと、悲しいこと、うれしいこと…。
　塗料販売会社の金沢支店長で10年、それから独立。勤めた会社に迷惑かけることはできない、部下と競争するわけにも行かない、それなら勤めた会社のお客になろうと塗装工事の会社を始めました。お蔭様で、順風満帆に金沢、小松、浜松と支店を開設し、県内ではトップの塗装会社になることができました。さらに、本社落成、支店開設とすぐに50億くらいの企業にするぞと気合が入っていました。
　掛川市、岐阜市に支店を開設するために飛び回っていた6年前のことです。突然、クモ膜下出血に倒れました。
早朝、寺で座禅を組み、その帰途に倒れてしまったのです。病院で意識が戻ったときには、なんと妻の名前を思い出すこともできませんでした。
　この日以来、全てが大変でした。銀行には、内緒で入院、手術したことも隠し、地獄のようでした。そのときを思い出しますと、なぜそんなに急いでいたのか不思議に思います。
　病院のベッドで二ヵ月半考えました。経営理念を、「全社員の物心両面の幸せを追求し、世のため、人のために尽くせる会社」にしようと半分の頭で一所懸命考えました。
　以前の理念は、「人間は本来性悪であり、その人間を伸ばすためには、罰で監理する」ことが正しい方法だと信じ、経営に取り入れていました。
　人を信用できないこと、これが問題だと気づかされました。私が復活できたのは、病気のおかげで考えを変えることができたからです。
　まず自分がわが社の社員は素晴らしい人と思い、謙虚に努力し、常に善きことを思い、人のために尽くすという「性善説」を会社のど真ん中に据えたのです。
　わが社は今、社訓を毎朝朝礼で、気合を入れて唱和します。一言目に、
「あなたは素晴らしい人です」と。
来年は創業20年になりますが、未熟な面も多々あると思います。
　これからも全社員心を一つにしてお客様にとって存在価値のある会社を創り上げたいと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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<title>「新婚旅行地を再び訪れて」　広報・日々好日No.5より</title>
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<updated>10-Jun-2005T18:06:28Z</updated>
<summary><![CDATA[　今年のゴールデンウィークには、妻と二人で29年ぶりに立山・上高地へ一泊旅行に出かけました。
　立山では、バスよりはるかに高い雪の壁を体験、そして石原裕次郎の映画「黒部の太陽」にも登場した黒四ダムの偉大さに感動しました。ダム工事（S37年頃）の展示写真を見ると、江戸時代の人たちが山奥にそびえたつ城を築くためにロープ一本で谷を渡り、刀、槍で戦争しているかのようです。
　（サーカスのスターよりも怖い思いをしたのでは？）偉大な仕事を成し遂げる人は、いつの時代でも命がけで立ち向かう人であり、太陽のように燃える情熱を持つ人であると感じました。
　さて、上高地では、新婚旅行時にとまった大正池ホテルを見つけました。
　当時は、木造二階建ての本当に古い旅館でしたが、今は鉄筋コンクリート4階建てで、素晴らしい立派なホテルです。29年前、予約もせずに泊まったホテルですが、このように大きく発展されると、まるで自分のことのように嬉しい気持ちになるのが不思議です。
　建物の立派なホテルもいい、百年続くようなホテルもいい、派手さはないが情緒のあるホテルもまたいい…。と思いをめぐらすうち、当社を大きく発展させるにはどうしたらいいのか？と考えました。
風流で、粋に感ずるところがあり、自然流の家作り。お客様の喜びを自分の喜びと感じられる社員。
　思いはたくさんありますが、今できることの最善を尽くすことで、日本美装もなかなか頑張っているなと言われるところから出発したいと思います。我社も創業19年、支持していただけるお客様のおかげでこうして営業を続けられるのですが、これからさらに永いお付き合いをさせていただけるよう、謙虚にして更に努力する覚悟であります。
　今回の旅行で、我社を発展させるための大きなヒントを得たような気がします。
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<title>「心を高めて経営を伸ばす」　広報・日々好日No.4より</title>
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<updated>20-Mar-2005T18:06:06Z</updated>
<summary><![CDATA[　いつも本当にありがとうございます。少し前に正月を迎えたと思ったら、もうすぐ桜の花が開きそうな季節です。自然は、常に厳しさとやさしさを含み、四季の移ろいを持って人の目を楽しませてくれます。それは人間を活性化し、大きく育てる偉大なる愛なのかもしれません。
　さて、当社の今年のテーマは、「松竹梅と宝船」。松竹梅は寒い雪の中でも、青く生き生きとして、耐えている姿。宝船は荒海の中でも、確かな目標を持ち、皆で同じ船に乗り笑っている姿です。リフォーム業界もなかなか厳しい世界です。競争ライバル会社が増え、値段競争が起こる。高いと買っていただけませんし、安いとクレームが増える可能性があります。今が勝負時と思い、苦しくても、お客様の信頼を高めることに集中することで、必ずや会社も伸びると思っております。
　そのためにまず、独創的な技術開発でお客様の真に求める商品・サービスを適正な価格で、かつ迅速に提供することが一番と考えています。
　10年前は、一人でも優れた人がいれば何とかできることがありました。しかし、今は仕事自体が複雑になり、一人で全部やるのは無理。各部の専門プロが力を合わせてお客様に満足していただかなければなりません。これが宝船の意味するところです。
　現在日本美装では、21歳から65歳までの社員が働いております。工事職人、事務職員、監督者、設計し、営業者、企画者と職ごとにプロとして専念し、そして協力し合い、笑顔で、明るく、元気よくがんばっています。社員は全員「わが家の主治医」を目指しています。
　そのためには、一流の技術は当然、もっと大切なことは一流の人格者でありたいと思います。
ある人から「得」のある人とは、
①	人の心を軽くする人
②	人の心を明るくする人
③	人の心を楽しくさせる人
④	人の幸せを願う人
と教えていただきました。これを心に留め、人格者になれるよう挑戦してゆきたいと思います。
　それでは最後に、毎朝全社員で唱和する社訓をご紹介します。

貴方は素晴らしい人です。
お蔭様で謙虚と感謝の心を頂きました。
毎日誰にも負けない努力と反省を忘れず、
善き事を想い
世の為、人の為に尽くします。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

]]></summary>
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<title>「年頭ごあいさつ」　広報・日々好日No.3より</title>
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<updated>28-Dec-2004T18:06:49Z</updated>
<summary><![CDATA[　新年明けましておめでとうございます。皆様よいお正月をお迎えのことと存じます。
　さて私は去年11月に、谷本知事の講演会・憲友会のメンバーとともに中国視察旅行に行ってまいりました。小松・上海便の開設により、小松空港から約2時間で上海へ行くことが可能になったわけです。
　まず驚きましたのが、中国パワーを目のあたりにしたことでした。2008年の北京オリンピックに向け、ビルや道路の建設ラッシュが進み、今までイメージしていた中国の町並みの面影すらない。私の認識をはるかに超えた高層ビル群に圧倒されてまいりました。その反面、観光地には物売りと乞食がいまだ多くいるという現状実態で、貧富の差が拡大しているという今荘を抱きました。
　日本にも勝ち組みと負け組みなどという表現や、実力を表に出している企業も増えましたが、中国では、まさにその差は歴然です。中国で出会った人たちのたくましさは、私がまだ学生だったころの高度成長期の日本を思い起こさせました。あのころの日本人はそれなりの夢を持っていたはずです。
　私が会社経営で難しいと感じていることは、常に社員に夢を持たせることです。弊社の基本方針である「心を高めて経営を伸ばす」ためにも、社員一人一人が大きな夢を持ち、その実現に向かって世の為、人の為に尽くすことを固守していかねばなりません。
　これからも一丸となってがんばってまいりますので、なにとぞ、ご支援、ご鞭撻賜りますようお願い申し上げます。
　本年が皆様にとって素晴らしい年でありますようお祈りいたします。　　　　　敬白
]]></summary>
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<title>「私を変えた運命の詩」　広報・日々好日No.1より</title>
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<updated>10-Jun-2004T11:11:26Z</updated>
<summary><![CDATA[　今年で18年目を迎える日本美装ですが、今回は開業のきっかけをお話しましょう。塗料の販売会社に勤めていた私が34歳のとき、趣味で習っていた詩吟の師匠からある詩を紹介されました。その一編の詩が私の心に衝撃を与えました。
　翌日、なんと勤めていた会社に辞表を提出、独立開業することを決めました。それからというもの年中無休で働き、趣味の詩吟もろくに練習せずに仕事に打ち込んできました。
　おかげ様で9年目で県内トップの塗装会社となり、現在は塗装をはじめとする、あらゆるリフォームに対応できる会社として走り続けております。
　さて、趣味の詩吟のほうですが、発表会だけは参加し続けた甲斐あってか、この春「上席師範」の免状を26年をかけて（笑）頂くことができました。
　仕事は一生懸命、趣味は無理せずコツコツとで頑張って生きたいと思います。



　　　　　　「そのうち」
　　　　そのうち　時間が出来たら
　　　　そのうち　子供から手が離れたら
　　　　そのうち　お金が出来たら
　　　　そのうち　仕事がうまくいったら
　　　　そのうち　余裕が出来たら
　　　　そのうち　そのうち　そのうち
　　　　
　　　　出来ない理由を繰り返し
　　　　結局は何もしなかった

　　　　やがて人生のむなしい幕が降りて
　　　　頭の上に墓標が立つ

　　　　そのうち　そのうち日が暮れる
　　　　今来たこの道帰れない
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